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遠隔セッションを始めます

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(日本語は英語のあとに続きます)

As it seems to be getting more and more difficult to share touch, I’ve decided to start offering long-distance sessions on donation basis for April and May (and maybe longer if there’s need). I’ve only shared the practice personally with friends and family so far, and it does seem possible. Of course, it’s not the same as an in-person session–physical warmth, breathing, pulse, eye contact, facial expressions, to name a few, are missing, and there is no real-time verbal facilitation. At the same time, sharing being through frequency over distance may be the next closest thing to an actual touch, even more so than connecting virtually. Maybe because without visual, audio, and verbal information, it’s easier for our brains to rest. I hope this will be useful as we go through this time of change.

Inquire by email.

ふれることも、同じ空間でそばにいることすら難しくなってきているいま。でも、だからこそ、ほっとゆるめる時間や、誰かとともにある感覚を感じる時間が必要な人が多いのではないかと思います。

どうしたらそれが届けられるだろう…と、考えて、とりあえず期間限定、ドネーション制で遠隔セッションを始めてみることにしました。

私自身も、外出せずに過ごしているとふれる感覚や誰かと一緒にいるという感覚が恋しくなることがあったので、ここしばらく、個人的にクラニオ仲間や友人たちと遠隔で施術ができるのかを試してみていました。

クラニオの施術の時は肉体的な様々な感覚以上に振動数をとおして「聴いて」いるので、物理的に距離があっても同じように「聴く」ことは可能なはずなのです。

やってみると、実際、施術者としても受け手としても、セッション中の感覚は実際にふれている時とほとんど変わらないか、体がない分ある意味より鋭敏に感じられるところもある印象。

もちろん、対面でのセッションとまったく同じではなく、体同士で近くにいる時に自然につたわるぬくもりや呼吸、拍動を実際に感じることはできないし、リアルタイムの会話を通してのファシリテーションもできません。目を合わせることも、表情で伝え合うこともできません。

でも、距離を超えて、ただ振動数をとおしてその人の存在に耳を澄ませることは、ある意味、バーチャルなコミュニケーションよりも親密な体験であるように感じています。
視覚や聴覚、言語の情報がない分、思考が間に入らないからかもしれません。

遠隔でも、施術の内容は対面と同じです。エネルギーを送ったり何かを治そうとするわけではなく、ただ起こっていることを「聴いて」ともにあることで、必要な変化が起こるおてつだいをします。

安心できる場所で自分の中で起こっていることを感じる時間を持つだけでも、意味があるかもしれません。

緊張や不安を感じていたり、いろいろなことを考えて頭が忙しくなっていたりする時に、少しでもほっとできる、体と心のつながりを思い出して自分のまんなかにもどってこられるような時間とスペースを提供できれば嬉しいです。

セッション時間は20分~30分ほど。
※もっと長いセッションをご希望の方は、また改めてご相談くださいね。

安心して外出したり対面で施術を受けられるようになるまでは、できるペースで続けていくつもりです。

お問い合わせはこちらまで。

クリスタルボウル&クラニオセッション

昨日は、クリスタルボウル&クラニオのモニターセッションでした。

Yukieさんの奏でるクリスタルボウルの響きは、ふんわりと包み込むように、決してなにかを強要することのないやさしい空間をつくりだしてくれて、施術をしながら、私もとても心地よかったです。

音とタッチがひとつに溶け合って、クライアントさんのプロセスとともにある感覚は、とても特別でした。

音って本当にすごい媒体だなあと思います。
その振動が体の深くまで、すんなりと染み渡っていく。
良質の音を全身で感じながらのセッションは、短い時間でも深くリラックスしていただけたようでした。

「浜辺で寝ころんで陽の光に包まれてお昼寝しているような、ほわほわした光に満たされるような、あったかい感じ!贅沢でした~!」と、終わった後のコメント。

施術と演奏をしている私たちも、クライアントさんの内からあふれ出すきらきらした光を感じさせてもらった気がします。とっても、素敵な時間でした。

また近々、開催予定。ブログでもお知らせします。

* * *

演奏するYukieさん。

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セッションのはじめ、スキャン中の私。

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とても素敵な時間、ありがとうございました!

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「こころにやさしいタッチケア基礎講座」レベル1を受講してきました。

今月の初め、中川れい子さんが教える「こころにやさしいタッチケア基礎講座」のレベル1を受講してきました。

ふれるってどういうことなのか。
人が人にふれる時、何が起こっているのか。
誰かにふれようとするとき、私たちはどうあるのが良いのか。

理論面も実技も充実の、本当に学びの多い盛りだくさんの二日間。

理論をじっくり教えていただいたことで、自分自身の施術において今まで不明瞭だったこともクリアになったし、何をしているのか聞かれた時にこれまでよりもしっかりと説明するための言葉をいただいた、という感じがしました。

ボディーワーク的なことを学ぶのはまったく初めての方や、セラピストやボディーワーカーの仕事を長年している方、本当に様々なバックグラウンドの方たちとタッチを通して出会えたことは本当に得難い体験だったし、改めて自分にとっての「ふれること」「ふれられること」を見直す、素晴らしいきっかけになりました。

仕事として施術をするようになってからまだ5年経つか経たないかくらいだけれど、それでも知らず知らずのうちに、「仕事としてやっているんだから」と自分にかけていた制限を、ふっとはずしてもらったような感じ。

ボディワークを学び始めたきっかけは、疲れていたり体調を崩した家族や友人、同僚たち(そう、それから猫も!)に、ただ「さわりたい」と思ったからだった、と思い出しました。

気づきを持って、そのままの自分で、ハートから、ふれる。

技術や知識は後からついてくるもので、本当に大切なのは、そして私が本当にしたいことも、結局はそれなんだなあ。と、その気持ちに戻ってきたら、施術に対しても変に構えたところがなくなって、すっと肩の力を抜いて臨むことができるようになった気がします。

「家族や仲良しの友人には情が出てしまって、きちんとした施術をするのは難しい」と決め込んでいたのも、やーめた!で、タッチケア講座を受けてからは、情がわきそうな相手でも何でも、ふれたいなと思ったら素直に気軽にふれていて、それがとても心地よい感じです。

そう、もともと昔から、ただふれることが好きだったのです。
ふれることで人とともにありたいと思ったから、体の仕事をしようと思ったんだもの。

「仕事だから」と気負って向かう方向を見失う、という状態、書くことに対しても一時期あったのですが、ふれることにおいても、そうなりかけていたみたい。大切なものをとりもどさせてもらったなあと思います。

れい子さんのあたたかくて愛にあふれた佇まいからも、参加者のみなさんと文字通りハートでつながれた体験からも、得るものがとても多い、満ち足りた時間でした。

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れい子さん、一緒に学んでくださったみなさま、本当にありがとうございました!

4 hands

クラニオの練習会。
3人だったので、急遽、4ハンズのセッションになりました。

4ハンズセッションは文字通り、1人のクライアントに対して2人のプラクティショナーが同時に触れていきます。ただし、「2人が別々に触れている」のではなく、「1つのユニットが4つの手で触れている」という意識で。

プラクティショナー同士のあり方の相性や、信頼感、コミュニケーションがとても重要になってきますが、うまくいくと、モノラル音声がサラウンド音声になるみたいに感覚が増幅されて、プラクティショナーにとっても受け手にとってもとてもパワフルなセッションになります。

うまくいかないと、かなりつらくもありますが!(経験済み)

今回、一緒にセッションしてくれた2人は、身体を使うことに長けていて、知識も経験も豊富なセラピストの先輩で、何よりその在り方がとても信頼できる人たちだったので、施術の時も、受け手としても、心から安心して委ねられて何とも気持ち良かったです。初めての4ハンズセッションでこんなに気持ちよくできるなんて、2人ともほんとうにすごいなあ!

私は身体感覚はかなり敏感だけどとらえ方は茫洋としているという面倒な感じで、自分でも何が起こっているのかはっきり認識、言語化できないことがよくあるのですが、2人とも知覚の精度が高く研ぎ澄まされていて、細かいところまで何が起こっているのか教えてくれるので、とっても勉強になりました。

人と一緒にワークをすると、自分の特性みたいなものも再確認できることが面白いです。技術、知識、あり方。勉強や経験で何とかなるかもしれないものも、もともと持っていたり持っていなかったりするものも、誰かの光を見て、素晴らしいなあ、すごいなあ、と、感嘆しながら、自分がどういう役割を担って、どこを磨いていくべきなのかを決めていく。

私は解剖学の知識がまだまだ足りないなあといつも思っているのですが、同時に、たとえこれからどんなに勉強を続けたとしても、肉体的に何が起こっているのかをMRIみたいに解読しちゃうような凄腕ボディーワーカーには決してなれないと思います。性質的に、大雑把すぎる。でも、肉体、非肉体的に何が起こってもジャッジメントを持たずに、その人が自分のペースでその人らしいあり方を顕すことができるように共にいることは割と得意なのではないかと思うし、からだを通してであれ、言葉を通してであれ、それが一番やっていきたいことなのだと思います。

とにもかくにも、まだまだ勉強することはたくさんあるし、まだまだ精度を上げられるなあと、実感しました。拓けた道はエンドレス。

私はラストのセッションで受け手にならせてもらったのですが、それまで一緒にワークをしていてすっかり馴染んでいたこともあり、2人に触れられて私の身体も大はしゃぎ。まあ、動く動く。そこにしっかりと寄り添ってもらって、ほんとうに贅沢な時間でした。

ありがとう!

45033161_10156906530781385_8267274143095848960_nどれが誰の手でしょう?

人体展に行ってきました。

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上野でやっていた人体展を見に行ってきました。
開始前から気になっていたのに、のんびりしていたら気がつけば会期終了ぎりぎり。人生、いつもこんな感じです。何とか間に合ってよかった!

混んでいたので、すべてをじっくりではなく、割とさくさく興味のあるところだけ見て行ったのですが、やっぱり脳と神経系のところが面白くて思わず長居してしまいました。あと、頭蓋骨の縫合部も生で見られたので、まじまじと見てしまった。

ぼーっとしている時の脳の状態が、ひらめいた時の脳の状態と同じだというのが、何だかとても納得。クラニオの施術をしていると、たまに「光が見える」と言われることがあるのですが(私は別に見えない)、それがこの「ぼーっとした状態」に近いのではないかと思いました。

身体の中の臓器やいろいろなシステムをつなぐメッセージ物質のことも、これ、クラニオ解剖学でヌリアが言ってたわ!などと思いながら、ワクワクして見ました。

 

人体展では人間の臓器の展示もあって、見たい人だけ見られるように衝立の陰に隠してあるのですが、他の動物の臓器は普通に大っぴらに展示されていて、心の準備のないままばっちり見てしまって、ぎょっとしました。人間でも動物でも臓器は臓器だから衝撃が同じな気がする…!イルカとか大きめの哺乳類だと特に、親近感が。キリンの胃袋(だったかな?)が大きくてびっくりしました。

人間の臓器もしっかり見たのだけれど、ひとつひとつでホルマリン漬けにされていると、まさに物質!という感じで不思議でした。つながって、生命が宿ることではじめて生き物になるんだなあと改めて思いました。

頭蓋骨の縫合部は、本物を見られることはあんまりないので、まじまじと見ておきました。

こんなにからだの仕組みにワクワクできるようになるとは、ボディーワークを始めるまではお思っていませんでした。何気なく毎日使っているこの細胞の塊が動いている、神秘!

楽しすぎて、帰りに脳の本を何冊か買ってしまった。

何かを学ぶ過程では、体感することと知識を得ることがあると思うのですが、体感と知識が本当にすとんと腑に落ちた時というのはまた特別に気持ちがいいものだなあと思います。

私はクラニオに関しては体感の方が先に来ているので、今年は脳やからだの知識をもっとしっかり勉強しようと思っています。今さらながら!

しっかり触れる

横浜で開催された、ローゼンメソッドの練習会に参加してきた。

ローゼンメソッドは、タッチ(触れること)を通してからだの緊張している部分や呼吸が滞っている部分にはたらきかけ、感情を解放する手助けをするというワーク。私は去年の10月に京都で開催されたワークショップで2日間だけ学ぶ機会があった。

久しぶりに体験するローゼンのタッチはとても親密に感じられて、触れる側になった時、最初はちょっとどぎまぎした。

そういえば京都でも、講師のジュディスに「もっとしっかり触れなさい」と指導してもらったなあと思い出した。

触れることでクライアントに自分を感じるためのスペースを与えるという面では、クラニオとローゼンはとても似ていると思う。でも実際の物理的な触れ方は、ローゼンの方がずっと深くて近い。クラニオはたいていは服や布の上からの軽い「5gのタッチ」だけれど(もっと強く触れることもあるけれど)、ローゼンは基本は肌と肌が触れ合うように、ぴったりと手をくっつける。

そのぴったりとした触れ方や、セッション中にクライアントの顔をしっかりと見る、目を合わせる、ということに、しばらく慣れなくて、そのことをジュディスに質問したら、「日本文化では目をじっと見ることは失礼だと思われることもあるし、ハグなどで触れることも少ない。だから、難しく感じるのもわかるわ」と言ってくれた。

確かに日本の文化にはそういう良くいえば奥ゆかしいところがあるし、特に今の時代は、しっかりと誰かの目を見るとか、愛情と共感を持って人に触れる機会が少なくなっているように思う。

大事な人と一緒にいてもスマホに目を落としていたり、かと思えば、満員電車や混みあった都会の街でからだは人と触れ合わざるを得ない状況で、心は閉ざしたりからっぽにしていたり。日常生活の中で、意識を持って見る、触れる、ということがしづらくなっている。

だからこそ、ドキッとしてしまうような、ローゼンのタッチやプラクティショナーの在り方の持つ特別な親密さは、今の社会を生きる人たちには必要なものなのだろうと思う。

ローゼンメソッド、日本で施術している方は少ないけれど、興味を持たれたらぜひ一度受けてみてほしい。

私はまだ勉強を始めたばかりでローゼンメソッドを練習していますとすらおこがましくていえないのだけれど、練習もどきに付き合っていただける方(まずはお友達で!)がいたら、とても嬉しいです。

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『ちつのトリセツ』

セラピストのお友達が貸してくれて、読んでみたらとても良かったので自分用に買ってしまった。

この本は、ライターの原田さんが看護師・助産師であるたつのさんの話を聞きながら自分で様々な膣や会陰、そして全身のケアの方法を試していく実体験という形で書いてある。それが、とても良かった。

こういう健康についての本やからだのケアについて書いてある本は、何となく押しつけがましかったり、へたをすると、これをやらないとこういう風に具合が悪くなる!というようなおそろしいことが書いてあったりして、何となく読んでいて楽しくないものが多いように思う。

でもこの本では、原田さんがどのケアの方法をどんなふうに試して、それがどういう感じだったのか、どんな変化があったのかが、恥ずかしい気持ちや躊躇い、抵抗感なども含めて、とても正直に丁寧に記されている。膣がドライなので「オイルを直接流しいれたらだめですか?」と聞いているところとか、笑ってしまった。

ケアの方法は、図もついてしっかりわかりやすく解説されているけれど、押しつけがましさはまったくなくて素直に楽しんで読める。「あなたのからだはまるごと大事なんだよ」と、読者にそっと寄り添って伝えてくれている感じがする、とてもやさしい本だ

読んで早速、オイルケア入浴から会陰マッサージまで試してみた。加減を知らずにぐいぐい押してしまったら、お風呂から出た時にはものすごくぽっかぽかで、倦怠感といろいろデトックスされている感もすごくて眩暈までしてきて、しばらく横にならないといけなかった。やりすぎたかも。でも、普段あまり意識を向けられていない筋肉だから、いろいろ溜まっているんだろうなあと思った。

チェンマイではカルサイネイザンという膣に指を入れて内側からからだの調整をするマッサージがあって、私はまだ受けたことがないのだけれど、気に入っている人の気持ちがわかる気がした。ここの部分をしっかりケアすることができたら、かなりの癒しになりそうだもの。

お風呂場が油まみれになるのでなかなか大変だけど、オイルを全身に塗ったり、タオルでなでたり、そういう風にするだけでも自分のからだと仲良くなっている感じがしてすごくいい。耳や頭、顔のオイルマッサージのやり方なんかも書いてあって、手軽に試すことができるし、とても気持ちがいい。

しばらく、オイルまみれの生活になりそうです。